梅雨空

梅雨入りした先日、従弟のY君が亡くなりました。

40歳になるY君は、いとこの中でも最年少で親類中からとても可愛がられていました。

Y君、生まれつきの重度の知的障害で知能は3歳位と言われていました。

私はお通夜でひさしぶりに会いましたが、きもち良さそうに眠っているだけのようでした。

Y君は、言葉がわかりませんし、話すのは「あ~」「う~」とかの感嘆詞だけ。

音楽が大好きでノリがいいと大きな声で「ア~ウ~♪、アウ♪」みたいによく歌っていました。

我流の振付もあって本当に楽しそうでした。『釋奏歌』(法名)はぴったりだなと思いました。

Y君の家族は、私の母方の叔母一家で叔父は豪快で楽天的、叔母も明るく楽しいことが大好き、

最近まで「どまつり」で踊っていました。Y君の姉の従妹もまた、飛んでる天然キャラ。

Y君のことで悩んでいるなどと一度も聞いたことがありませんでした。

親類ですから、一家とも会うことがたびたびあるわけですが、家族はいつもニコニコしていていました。

私などはY君の状態や素行を見るにつれ大変そうだなと常々思っていました。

 

お通夜の式次第も終わり、身内だけが残り、なんとなくテーブルを囲みお茶をし始めました。

Y君のことを回想するように思い出話をしていましたが、初めて聞く、エピソードがいっぱいありました。

車を燃やしちゃった事件では車内で発煙灯をつけ、ダッシュボードやシートを焦がし、

また別の車では目を離したわずかな隙にシフトレバ―を壊し、Nになったシフトで車が坂を転げだし、廃車にした話。

いずれも本人は本能的に逃げて難を逃れたのですが、叔父は「何台変えたかなー?ほんと参ったよ!」と。

自転車も好きだったらしく、特にMTBタイプのものが好きで、近所のMTBを盗み逃避行。

乗ることはできないので押しての、本人は無事保護されましたが、MTBは不明になり「そりゃ、弁償したさ~」

また、あるときは捜索願を出すほどの徘徊行方不明事件。一日中探し回り、家から遠い国道向こうで発見されましたが、

「あの国道(片側4車線)どうやって渡ったのか?なぞっ!!(信号はわからないはずなのに)」とY君の姉。

成長するにつれ、体形も大きくなり腕力もつき、興味や関心が高くなり、行動も衝動的になって抑制が

効かなくなった時のことらしいのですが、家族のみならず、警察や近所など迷惑をかけたそうで散々だったようでした。

ただ、話を聞いていて、私はY君自身がとても自由に生き、楽しそうだったこと、

また家族は波乱万丈ながら毎日懸命に過ごしたこと、

生活のすべてがY君中心に回り不自由そうに傍からは見えてもY君家族が自由にしていたことが

亡くなったY君にしてみれば、それがもっともうれしかった事なのかもと思いました。

 

亡くなった日の朝、叔父は海に釣りに出かけていたそうで、

Y君の姉が「こんな時にお父さん、釣りにいくんだもん!」

「あのな、人は引き潮の時に死ぬっていうだろ?潮が満ちていたから、まだ大丈夫だと思っていたんさ!」

「・・・うん、まぁ、そうでないこともあるんだな、やっぱ迷信か!あっはは」と、あっけらかんに。

(きっと海を独りで見に行きたくなった・・)私には叔父の気持ちが透けてみえました。

 

「Y君は全力で生きたね」と聞けば、叔父は「我慢強かったよ、あいつは」

「いや、おじさんとこ、みんな強いし、全力だったね」と返すと、叔父は微笑みました。

私はそれまでは、『ほっとするね、ゆっくりしてね』と一家を労う思いを抱いていたのですが、

全くずれていて、恥ずかしく思いました。

「大変だったけど、楽しかった」そんなメッセージが十分すぎる程伝わってきたからでした。

あれから数日たって今も、私の心でうごめく、感慨や悲哀、そして人生ってなんだろう、

命ってなんだろう、幸せってなんだろうという問い。

外は今日も雨、ちょっと小寒く、ぽかりと空いた胸の穴によく沁みます。

大切なこと教えてくれたY君を想い薄雲を見上げています。

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